SF架空言語図鑑

『Outer Wilds』ノーマイ語:古代文字体系の構造と、探求と記録の文化遺産

Tags: Outer Wilds, ノーマイ語, 架空言語, 文字体系, SFゲーム, 視覚言語

『Outer Wilds』ノーマイ語:古代文字体系の構造と、探求と記録の文化遺産

SFアドベンチャーゲーム『Outer Wilds』は、広大な宇宙とそこに隠された謎を探求する作品です。このゲームの根幹を成す要素の一つに、かつてこの太陽系に存在した古代文明「ノーマイ」が遺した「ノーマイ語」があります。ノーマイ語は、単なるコミュニケーションツールとしてだけでなく、彼らの歴史、思想、そして文化そのものを伝える重要な鍵となっています。本稿では、『Outer Wilds』におけるノーマイ語の構造、その読み方、そしてノーマイの文化との深いつながりについて掘り下げていきます。

ノーマイ文明とノーマイ語の概要

ノーマイは、高度な科学技術と飽くなき探求心を持っていた異星種族です。彼らは「最も古い出来事の謎」を解明するため、宇宙各地を旅していました。太陽系に一時滞在したノーマイたちは、そこに様々な記録を残しました。これが、ゲーム内でプレイヤーが遭遇する「ノーマイ語」です。

ゲームに登場するノーマイ語の大部分は、音声言語ではなく、岩壁や遺物に刻まれた文字体系として現れます。プレイヤーは遺跡を探索し、これらの文字を翻訳することで、ノーマイたちの経験、思考、そして彼らがこの太陽系で何をしようとしていたのかを知ることができます。ノーマイ語の理解は、ゲームの物語を進める上で不可欠な要素となっています。

文字体系の特徴と構造

ノーマイ語の文字体系は、現実世界の線形的な記述とは大きく異なります。その最大の特徴は、シンボルとそれらを結ぶ線で構成される非線形のネットワーク構造であることです。

文字の種類と形

ノーマイ語は、個々のシンボル(象形文字や表意文字に近い性質を持つ)と、それらのシンボル間を結ぶによって構成されます。シンボルは、特定の概念、場所、人物、装置、あるいは抽象的なアイデアを表していると考えられます。シンボルの具体的な形は様々ですが、全体的に丸みを帯びた柔らかい曲線と、中心から広がるようなデザインが多い印象です。

表記ルールと読み方

ノーマイ語の文字は、通常、壁面や巻物、端末などに刻まれています。特定の「開始点」や「終了点」があるわけではなく、中心となるアイデアや議論から線で関連する情報が枝分かれしていくように配置されています。

読み方は、この線を追っていくことで行います。ゲーム内の翻訳機を使用すると、シンボルと線のネットワークが視覚的に強調され、どの情報がどの情報に繋がっているのかが示されます。論理的な繋がりや話の展開は、シンボル間の線の結びつき方や配置によって表現されます。例えば、原因と結果、前提と結論、質問と回答、場所とその発見物、人物とその行動などが、線で視覚的に関連付けられています。

線形の文章のように左から右、あるいは上から下へ読むのではなく、プレイヤーは興味のある情報から関連する情報を辿っていく形で解読を進めます。これは、ノーマイの思考プロセスや情報の整理方法を反映していると言えるでしょう。

非線形性の意味

この非線形な文字体系は、ノーマイたちの思考や議論の構造を示唆しています。彼らは一つのテーマについて話し合い、それに関連する様々なアイデアや発見を付け加えていったと考えられます。残された記録は、完成された線形的な論文というよりは、進行中のブレインストーミングや共同研究のメモ、あるいは思考の軌跡そのものに近いと言えるかもしれません。物理的な空間(壁面など)に情報を配置することで、全体の構造や各要素の関係性を視覚的に把握しようとしたノーマイの姿勢がうかがえます。

音韻体系と文法

ゲーム中でノーマイ語の音声が直接的に描写される機会はほとんどありません。翻訳機が言葉を音声化する際に、特定の効果音や抽象的なサウンドが使用される程度です。そのため、ノーマイ語の具体的な音韻体系(使用される音素、発音ルールなど)については、作品内での明確な設定はありません。おそらく、彼らの本来のコミュニケーションには音声も含まれていたでしょうが、遺跡として残っているのは文字情報のみであるため、その音の響きを知る手段はありません。

文字体系が中心であるため、現実世界の音声言語における線形的な文法構造(語順、活用、助詞など)の概念も直接は当てはまりません。しかし、シンボルの配置とそれらを結ぶ線によって、情報間の論理的な関係性が表現されているという点では、これは文字体系固有の「文法」あるいは「構文」と捉えることができます。

例えば、あるシンボル(主題)から線が出て、別のシンボル(その主題に関連する情報)に繋がっている構造は、「主題とその補足情報」という関係を示しています。複数の線が交差したり、一本の情報ストリームから複数の情報が分岐したりする様子は、複雑な議論や複数の可能性の検討を表しているのかもしれません。

語彙

ノーマイ語の個々のシンボルがどのような「語彙」を持っているかについても、ゲーム内の翻訳を通じて推測するしかありません。シンボルは、具体的な名詞(惑星名、場所、装置名)、動詞(発見する、構築する、試みる)、抽象的な概念(時間、宇宙、好奇心、絶望)、あるいは感情などを表していると考えられます。

特に、彼らの探求の対象となった場所(灰の双子星、燃え盛る双子星、脆い空洞など)、重要な装置(ワープコア、ワープタワー、太陽ステーション)、科学的概念(量子、重力結晶)などに関する語彙が豊富に登場します。これらの語彙は、ノーマイたちが何に関心を持ち、どのような技術を持っていたのかを直接的に示しており、彼らの文化や思想を反映しています。例えば、「好奇心」や「探求」といった言葉が頻繁に登場することは、彼らの種族の本質を表しています。

言語と文化・思想との関連性

ノーマイ語の文字体系は、ノーマイという種族の文化と思想に深く根ざしています。

  1. 探求と記録の文化: ノーマイは知識の探求を最も重視する種族でした。彼らは新しい発見をするたびに、それを記録し、他のノーマイと共有することを習慣としていました。ノーマイ語の文字体系は、この「記録を残し、共有する」という行為のために最適化されているように見えます。壁面に刻むという方法は、長期的な保存に適しており、非線形な構造は、思考プロセスや複数の視点からの議論を柔軟に記録することを可能にしています。彼らにとって、ノーマイ語は単なる情報伝達ツールではなく、探求の過程そのものを定着させるための手段でした。
  2. 共同作業と知識の共有: ノーマイは個人プレイではなく、共同で研究やプロジェクトを進めることを得意としていました。彼らの残した記録には、複数のノーマイの名前が登場し、彼らがどのように協力し、議論し合ったかが示されています。ノーマイ語のネットワーク構造は、複数の人間が同じ記録に情報を付け加えたり、異なる視点からコメントを加えたりするのに適していると考えられます。これは、彼らの共同体主義的な文化を反映しています。
  3. 時間と運命への向き合い方: ゲームの物語は、時間ループという特殊な状況下で進行します。ノーマイの記録も、ある種の断片的な情報としてプレイヤーに提示され、プレイヤーはそれらをパズルのように繋ぎ合わせて全体像を理解する必要があります。ノーマイ語の非線形性は、必ずしも時系列順に情報を追う必要がないという点で、この時間ループという構造とある種の親和性があるとも考えられます。また、滅亡という運命に直面しながらも、最後の瞬間まで探求を諦めなかったノーマイたちの前向きな姿勢や、内省的な思考も、彼らの遺した言葉の端々から感じ取ることができます。

作中での具体的な使用例

ノーマイ語の具体的な使用例は、ゲーム内のあらゆる遺跡に見られます。例えば、脆い空洞の地下都市の壁面には、ノーマイたちが惑星の崩壊に気づき、対応策を話し合った記録が刻まれています。そこでは、あるノーマイが危険を指摘し、別のノーマイが対策を提案し、さらに別のノーマイがその可能性について考察するといった、複数の視点からの議論が、線の繋がりによって表現されています。

また、灰の双子星プロジェクトに関する記録では、プロジェクトの目的、構築された装置、テストの結果、そして直面した問題などが、それぞれのシンボルと線によって体系的にまとめられています。線は、プロジェクトの進行段階や論理的な繋がり(例:「〜を達成するために、〜を構築した」「〜の結果、〜の問題が発生した」)を示しています。

これらの記録を解読することで、プレイヤーはノーマイたちの科学的な試み、直面した困難、そして彼らがどのような感情を抱いていたのかを追体験することができます。

現実世界の言語学的な位置づけ

ノーマイ語の文字体系は、現実世界の言語学的な分類に厳密に当てはめるのは難しい側面があります。音声言語としての文法や音韻体系が不明であるためです。しかし、文字体系に焦点を当てるならば、個々のシンボルが意味や概念を表す点では、表語文字(漢字など)や象形文字に近い性質を持つと言えます。

しかし、単なる単語や概念を羅列するのではなく、シンボル間の「線」と「配置」によって論理的な関係性や思考の流れを示す点は、非常にユニークです。これは、線形の文章構造ではなく、一種の概念ネットワーク論理グラフのような視覚的な情報構造に近いと言えます。言語学的な視点からは、従来の音声言語を記録するための文字体系というよりは、思考そのものを表現・共有するための視覚言語あるいは情報記述体系として捉える方が適切かもしれません。

まとめ

『Outer Wilds』に登場するノーマイ語は、単なる架空の文字ではなく、ノーマイという種族の高度な文明、飽くなき探求心、そして共同体的な文化を色濃く反映した遺産です。その非線形な文字体系は、線形的な言語構造に慣れた私たちにとって新鮮なものであり、ノーマイたちの独特な思考プロセスや情報整理方法を垣間見せてくれます。

ノーマイ語を解読する過程は、彼らの知識や歴史を学ぶことであると同時に、彼らの視点や価値観を理解する試みでもあります。言葉(この場合は文字)が、いかにその話者の文化や思想と不可分であるかを示す好例と言えるでしょう。『Outer Wilds』をプレイする際は、ノーマイ語が単なるパズル要素としてだけでなく、高度な異星文明が遺した言語と文化の奥深さを示すものとして、その構造と内容に注目してみてはいかがでしょうか。